関口フランスパン

東京・目白坂で120年。明治の中期フランス人宣教司祭によって製パン技術を伝えられて以来の変わらない製法と風味をお届けしています。
関口フランスパン
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関口フランスパンの歴史

日本のフランスパンの歴史は関口フランスパンの歴史

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関口教会玫瑰塾(マイカイジュク)=レイ神父は、1887年、浅草にあった玫瑰学校(マイカイガッコウ)を現関口教会地に移し、聖母仏語学校という神学校を設立した。玫瑰塾(マイカイジュク)では、孤児院事業の一環として職業訓練もおこなわれ、製パン部の他、木工部、靴工部などもあった。男子全寮制の木造洋館3階建て、設立当時100余名の学生がいた。  
   

 

明治6年キリスト教の解禁後、近代日本が迎えた初のローマ法王の使者、オズーフ司教が神父のペトロ・レイ師と共に明治20年頃、山の手の関口町へ赴きました。

ペトロ・レイ師は、教会経営の孤児院の子供たちに何か文化的な職業を身につけさせようと考えた結果、パンの製造を思いつき、子供たちの中から長尾鉀二(後の関口フランスパン職工長)を選び仏印に送り出し本格的にフランスパンの製法を、勉強させました。

そして彼の帰国後、教会敷地内に製パン工場を建て関口フランスパンは、明治21年(1888年)4月小石川関口教会(現関口教会)付属、聖母仏語学校製パン部として創業しました。日本における本格派フランスパンの誕生といえましょう。

その後、大正3年(1914年)第一次世界大戦がはじまりフランス本国から、孤児院に対する援助金が途絶え、パンの製造も出来なくなってしまったため、教会の信者であった初代社長高世啓三が、工場経営の一切を引き継ぎ関口町に新工場を建設し関口フランスパンとして発足しました。

そして各国大使館、在留外国人、一般家庭に広い需要を持つことになり、明治、大正時代の江戸っ子にフランスパンの名家として評判を呼び青春時代をフランス留学生として過ごした西園寺公望公爵も、生涯変わることなき関口フランスパンのファンでした。

関口フランスパンの歴史は、日本のフランスパンの歴史。その誇りを大切にしこの地に生まれた関口フランスパンがこの地にしっかりと根を下ろし、これからも多くの方々に愛されつづけていける店になれるよう、いっそうの努力をいたす所存でございます。

 
 
※ 掲載している写真は昭和30年代のものです
 
     
 
目白通りから見る関口フランスパン本社社屋
 
関口フランスパン工場棟
 
     
 
事務所内の様子
 
パン窯
 
       
 
工場内
 
 
 
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